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2017年もっと夢に生きたい

まあ最近色々思うところがあった。色々の内容をまとめると

一、星占いによると私は創作や芸術の才能がある星回りに生まれついているらしい。創作なんか何もしていないし何の才能も見当たらないけどなー?

一、ツイッターアンチの人いわく「ツイッターは、ここ可愛い〜こういうシチュエーション最高〜などと妄想を垂れ流しているだけで満足してしまって、同人誌を作る創作意欲が足りなくなるからよくない」と。

一、大杉栄の文を読んで力強さに圧倒されたりしていたけれど、久しぶりに谷崎潤一郎蘆刈』など読んだらやっぱり谷崎は最高だな!ってなった。ヘッセの『デミアン』も最高だな!

一、「前回いつ何を書いたかわかるように、ファンレターの下書きをノートに残しているけど、1年前に書いたこととかもう読むの辛い」とこぼしたら「それも1年前の作品ってことで読むしかない」と言われた。

蘆刈デミアン (新潮文庫)

 

それで、ここ1年分の手紙の下書きを、ちらっと読み返してみたところ
面影、夢みたいだ、非日常、狐に化かされた、夢見心地、竜宮城、目に浮かぶ、曖昧になる……
などとほぼ毎回書いていたらしい。
蘆刈』は夢オチだし、『デミアン』も夢の中で啓示を受ける話だし、私は結局夢と現実が境界を失う混ざり合う話が好きなんだろうと気付いた→すっごーいよかったー!って讃える気持ちを言葉にしようとすると「別世界に行った」の言い換えばかりになる→その傾向はツイッターでの短文よりオフラインで長文書くと顕著になってた。
自ら創作するまでもなく、最高の夢の世界に浸れるなら創作の才能なくても困らないですね、占いに従って創作したほうがいいんじゃないかなんて悩む必要ないですねー。

むしろもっと現実と距離を置いたらいいんじゃないか。美術館できれいなドレス姿の貴婦人に見とれたり、映画館で3Dすっごーいとかテンション上がったり、芸術に浸るだけの人生でいいんじゃないか。

そう、去年の反省点は夢の世界から強制ログアウトになったことです。

ある夜、観劇からの帰り道でいきなり関係者用のドアが開いて、中から私服の俳優が出てきた。そのまま普通に歩いて地下鉄のホームで電車待ってた。普通のかっこいい兄ちゃんで心底がっかりした……ということがあったのに、学習せずに別の機会に握手などして「実在する人間だった」と大変後悔した……。

絶対に二次元と三次元、スクリーンの向こう側とこちら側、舞台と客席、夢と現実の一線に踏み込まないように細心の注意をはらっていきたい。夢はどこまでも異次元の美しいものとして大事に大事に愛したい。あとステージに立つ人は運転手付きの高級車で移動してほしい。

ツイッターともブログとも別に、「あなたのステージにどれだけ素晴らしい夢を見たか」を語る手紙はどんどん書いたほうが(私が)幸せになれそうな気がする。