『氷上の王ジョン・カリー』を見た

今回初めてジャパンプレミアというものに行ったんですよ!映画を見た後に町田樹×宮本賢二「未来へと受け継がれるジョン・カリーの魂」トークショーがあった。町田さん髪がツヤツヤだった。

本編はとてもいいドキュメンタリー映画でした。開始早々に令和のドキュメンタリー映画ベスト3の一角が決まった。

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映画の構成としては三本の糸で編まれている感じ。

  • 1949年誕生-1994年死去までのリアルタイムのもの

幼少期カリーがスケートしてる写真、演技の映像、新聞の紙面をカメラで写したものなど

  • 有名になったカリー自身が過去を語るもの

オリンピックで金メダルを獲得した後に、テレビのスタジオで司会者を相手に生い立ちを語るような番組の映像など

  • 2018年現在?カリーについて他者が語るもの

カリーの母親、元恋人、ショーで共演したスケーターらが「あのときのカリー」を証言する映像、そしてカリーの芸術はジョニー・ウィアーら後世のスケーターへどう継承されているかなど 

これらのパーツを交差させながら1949年から1990年まで時計を進めていく。

感想書いてたら無駄に長くなった。

 

印象に残ったシーンなど 

最後まで通して見た後に思い返すと、スケートを滑る足元から始まるのがもう最高。最高としか言いようがない。白い氷面をジョニー・ウィアー黒い影が滑る。静寂の中に氷を削る音だけがある。……ジョニーで合ってるかな。
そういうスケートのシーンは途中で何度も繰り返し挿入される。その度にただ滑るだけなのに特別な意味を感じ取るようになってしまう。この世界にひとりきりだと思う。緊張の糸が張りつめている。喜怒哀楽の全てに襲われるような感覚で泣きたくなる。カリーの孤独を追体験させる工夫じゃないかなあ。考えすぎか……。

 

作中に登場するカリーの演技の映像では、ショーの『牧神の午後』に衝撃を受けた。練習や準備の映像を見た後に、『牧神の午後』の本番が始まる。
舞台全体が、神話を題材にした19世紀の油絵のキャンバスだった。重力もないような世界で踊る半獣はとても人間に見えない。The IceKingっていうか王っていうよりも創造神なのでは?夢の中でもこれほど美しいものを思い描けない。
終映後のトークで町田さんが好きな演目に『牧神の午後』を挙げていたので嬉しい。
 

一番人間離れして見えたのは『牧神の午後』を演じるカリー。反対に一人の人間に見えたシーンについて。
チラシにも使われている、チェックのシャツを着た写真が数カット出てくる。白い電話の受話器を耳に当てて、カメラに向かって笑っているカリーが可愛くてたまらなくなった。作中に出てくる証言から気難しい芸術家肌の人だとわかるけど、それでもこの人に会いたかった、と思う。

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右がその写真、左上は『牧神の午後』

 

終映後のトークで宮本さんは『ムーンスケート』について「音が消える」という言い方をしていた。
『ムーンスケート』は作中の言葉を借りるなら「内省的」な演目で、現代アートみたいな、すべて削ぎ落としてものごとの本質を表現しましたという感じ。
作中ではメトロポリタン歌劇場で『ウィリアム・テル序曲』を華々しく演じて大成功をおさめました、それからカリーは故障もあってスケートをやめたいと言いました、という流れで演技が始まる。
それが肩を落として気だるそうに滑るものだから、そんなに嫌だからってあからさまに怠そうにするのなくない?こんな手抜き演技見せられる客の身にもなって!と最初は思ってしまう。しかし行っては戻り、繰り返される動作を見ていると知らず識らずのうちに氷上に描かれる円の中に吸い込まれていく感覚。自分が夢中になって見入っていたことに気がつくのは場面が切り替わってからだった。

 

最後は『青き美しきドナウ』で終わる。(美しき青き?パンフレットが「青き美しき」になっている)
HIV陽性だとわかり死が近づく中で最後に残した表現が、美しい自然の中で交わす友情についてだったんだなあ……カリーはすごいなあってなる。試合に出れば冷戦の最中でロシアの審判には低く評価されるし、ゲイであることに対するバッシングもされて、それでも人間を信じるんだ、と。私はきっとこの先『ドナウ』を聴けば、宇宙的な青い衣装で踊る4人の姿を思い出す。いいフィナーレだった。

 

作中に使われていた、当時の西洋の「同性愛はきちんと治療しましょう」という映像を初めて見てぎょっとした。いやあ、日本は性に寛容って言われてもよくわからずにいた自分甘かった。ここまで大々的に反同性愛キャンペーンが展開されてたのか。

人は平等で誰も皆生まれてきた意味があるなどという定型文はさておき、ジョン・カリーは人間を進歩させる使命のために神に遣わされた存在だと思う。フィギュアスケート競技の現在の方向性を作り、アイススケートという身体芸術の可能性を人々に見せ、性的マイノリティのアスリートの道を拓き、人間を愛してた。カリーがこの世に生まれてくれてよかった。

 

いろいろ

プロの解説があるって、なんか別物だな。映画を見たら一人で余韻に浸りながらああでもないこうでもないかなあと考えるものだけど、専門家のトークがあると「ここ赤線引いてー!」って感じ。一気にわかりやすくなる。
あとやっぱり満席御礼の新宿ピカデリーは入場が地獄すぎる。